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ガンズ・パピー1-4-4





 「第一話・Open Fire」



 (第4章・野良犬一匹<4>)



 そう、その朝僕はひどい胃もたれで目が醒めた。胸がムカツク、粗末なベッドからの一歩ごとに吐きそうになる。当たり前の食べ過ぎの症状。

 あんなゴツイモノ、メニュウとして存在する事自体が反則だ。

「おー、起きたか、大食いチャンプ!!」

 出会い頭にミラがボディブローを打ち込んでくる。

 これは、読んでいた。もうこの人のパターンは掴んできた。

 軽くスウェーバックして、寸前でかわす…、と行きたいが

「ぐぇ!!」

 完全に躱すと、経験上さらなる連続攻撃が待っているので、最初のを軽くした上で甘んじて受ける。

 我ながら、良くできた人間だと思う。

「い、いきなりなにを?」

「軽いスパー!朝飯オイシイの法則!!」

 昨日の夜、アレだけのアイスクリームやら、チョコレートどっさりたいらげといて?

 量的には僕の「車輪ステーキ」といい勝負だったような?

 別腹もここまで来ると、メインより上だと思う。



 いつものキッチン兼ダイニングの元理科室へと、だるい体を引きずって行く。威力はそいだ筈なのに結構ミラのパンチは届いてるようだ。
 頼もしいが、こちらも危険だ。



「おはようござ……!?」

 いつも礼儀は欠かさない僕が、挨拶を止めたのにはそれなりのわけがある。

「リュ、リュグマンさん、か、顔が……。」



 ゆるみきってる。



 元々垂れ目気味ではあったけど、今朝に至ってはもう垂れすぎて最早縦目に近い。

「やああ、アスキくん、おっはよううん♪」

 誰だこの人!?

 マタタビ与えた猫、と説明すればわかりやすいかもしれない。

 昨日のスッゲー紅茶、「セラフィムの輪舞」の余韻に浸りまくってるらしい。それにしても、限度というものが。

「フヌケだよなー、全く。」

「あ、師匠、俺スクランブルエッグ、コショウ抜きで。」

 えーと、携帯バーナーに点火してと、フライパンにバターに卵に塩にグレイプ君と。

 あ。

「お皿を…」

「って、気づくのそこスか!!?」

 つっこんだのは、昨日おごってくれたグレイプ君だ。

「まったく君のおかげで、僕は胃もたれだよ。」

 僕はちゃちゃっとオーダー通りに、スクランブルエッグを作ると一番まともそうな皿に載せて、ほにゃけてるリュグマンさんの隣、いつもならリヒテンシュタインが座っているところに座ったグレイプ君に差し出す。

 リヒテンシュタインを忘れるとは、かなり来てるな、今日のリュグマンさん。

「こっちはお三方の豪食で、朝飯にも事欠くありさまで。」

 とか言いつつ、しっかり朝飯ゲットしてるし。やっぱり食えない人だ。

「ん?師匠、フォークかなんか。」

 そう言えば、皿だけだった。

 フォークが確かここの、リトマス紙って貼ってある引出しにと。

「はい。」

「あ。ども。」

 僕の手から彼の手に、ステンレスの鈍い銀色が渡る、瞬間。

 鋭い衝撃が指先に走る。

 何かが当たったからというわけではなく。何かの、その気配を察知した僕らはお互いに素早く手を引っ込めたので、それの衝撃だ。



カツンッ!!



 二人が手を退けた瞬間、その空間の空気が鋭く切り裂かれた。と同時に持つ者いなくなったフォークが、天井の剥き出しのコンクリートに突き刺さる。



「犬はフォークを使わない。」



 蹴り上げた足をゆっくり降ろしたのは。

 ミラ。

「なーんだか、随分な嫌われようですな、俺。」

 笑っているのは口元だけのグレイプ君が、静かに椅子から立つ。

 朝飯くらい一度でいいから、落ち着いてゆっくり食べたい。

 ささやかな僕の願いは、今日もあっさりと打ち砕かれた。

 お互いに牽制しあう、ミラとグレイプ君の瞳。

 その間に、赤い影が割って入る。

 リュグマンさんだ!

 やっぱり、惚けているようで、ちゃんと仲裁に!

「あの、茶葉、捨てるのかな?もらってこようかな?せめて、香りだけでも、もう一度……。」

 夢遊病のようにふらふらと、歩き出す。

 だ、だめだ、今日のリュグマンさんは使えない。

 おぼつかない足取りで、リュグマンさんが部屋から出ようとした瞬間、ドアの近くにある見覚えのない紐を引っ張った。



「君ら、うるさい。」



 実は二重になっていた天井が、すっと開き、中から落ちてきたのは。



タライだ。



 でかっ!と思う間も無く、リュグマンさんを除く僕ら三人は、強制的に頭痛を伴う二度寝をすることとなった。

 結構首にもキた。



 人生は奇怪だ。

 いつ仕込んだのかも謎だ。



 <続く>

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