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ガンズ・パピー1-4-3

「ガンズ・パピー」



第一話、「Open Fire」



第四章、「野良犬一匹。」(3)



 今まで賑わっていた分、たった数分、いや数十秒の静寂でも、とても長くそして深く僕は感じた。

 なんだろう。恐怖、嫉妬、怒りそんなものが根底に流れているような、そんな気配すらする。

 名乗った後、グレイプ君は顔を洗ってくると言って席を立った。

 洗面所ののドアが閉まった瞬間から、少しづつ周囲のテーブルから静寂が剥がれ落ち、会話が戻り始めた。

 が、グレイプ君がドアから出てくるなり、物言わぬ視線が彼に集まる。

 そして、また僕達のテーブルにつくグレイプ君。

「ったぁー!そうか、やっぱりこうなるかぁっ。」

 綺麗になった額を軽く叩きながら、そうは言いながらもグレイプ君は、どこかこの張り詰めた空気を楽しんでいるように、僕には見える。

 洗いあがった顔は、少し頬がこけてはいるものの、それがかえってシャープな印象を与える。

 髪型は相変わらずボサボサだったけど。

 少し切れ長の瞳は濃い灰色、水がかかって、地の色が見える前髪や眉毛は明るい茶色だ。

 僕やミラよりは幾つか上、でもリュグマンさんよりは幾つか下だろう。

「当たり前じゃないか、言わば君らは私達代理人の商売敵だからなぁ。」

 リュグマンさんが、呆れたように椅子の背に体を預け、その真っ赤な髪を持つ頭の後ろで腕を組む。

「やっぱ、イヌじゃん。」

 ミラは吐き捨てるように言うと、ハンブルグ・ステーキの皿に残っていた、付け合わせのベビィキャロットを次々にフォークで串ざしにして、片っ端から口に詰め込む。

 僕は、正直どう反応していいのかわからなかった。



 「凶悪犯断罪課」というのは、今の警察機構にとって、最後の、そして僕に言わせれば最悪の、手段だ。

 刑事裁判で、間違って死刑にならずに無期懲役なんかにしてしまった場合、その社会の敵、凶悪犯はおめおめと生き長らえる事になる。

 たとえ、200年を越えるような懲役刑でも。

 それでは、社会へ正義の示しがつかない。

 犯罪の抑止としては、不十分だと考えたんだろう。

 そこで、決闘法を有効適用した、独自の部隊を警察は組織した。

 それが、「凶悪犯断罪課」というわけだ。

 連邦警察、ひいては連邦政府直下の「死刑執行人」なわけだ。

 僕ら代理人同士の決闘は、あくまで勝負が決まれば終わりで、死ぬまで諦めない時に限って、双方どちらかが死ぬ事もある。下手すると相打ちで両方ってのもないわけじゃない。

 けれど、相手を殺す事が目的じゃない場合が殆どだ。

 決闘は行われても、殺し合いは行われるべきではない。この考えの元に、僕ら「決闘代理人」が成立している。

 それを、政府側から根底的に覆す存在が、彼、グレイプ君の所属する(と言っていた)、それなんだ。



 それにしても、おかしい。

 なぜ、あんなに隙だらけだったんだろう?

 僕と最初に出会った時は、まるで素人だったじゃないか。もしかして、「凶悪犯断罪課」って言うの、嘘か?

 いぶかし気にグレイプ君を見る僕に気づいたのは、リュグマンさんだ。

「アスキ、彼の語っている事は真実だよ。」

 グレイプ君も僕を見返しながら、にっこりと笑う。

 その目は、最初とは、さっきとは全然違う。

 研ぎ澄まされた刃のみが持つ、鈍い光を隠し切れないでいる。

「いや、師匠には本当、申し訳なかった。」

 グレイプ君が両手を合わせて謝る。

「ちぃとばかし、ここの代理人の皆さんの腕、というか力量見たくて、軽ーく潜入してみたらば、ちょうどなんもやってない日でね。だったら寝て待つか、とか思って近づかれないように、そこら辺軽く「工夫」してたのに、ひと眠りして気づいたら師匠が目の前にいてさ。んで、軽く脅かして遠ざけようと思ったら…」

 ヤバイッ!!あれは、「あの領域」の事は秘密にしないと!!

 急に立ち上がった僕を見て、グレイプ君は軽く片方の眉を動かして、解った、とも取れる合図をした。

「まなーがなってないネェ、アスキ。」

 やれやれと言った様子で、食後のいつもの気だるさでミラが。

 ミ、ミラに言われた。

「流石に師匠やるもんでね、軽く脅かすだけのつもりだったとはいえ、あっさり負けちゃってね。」

「で、そのお強いアスキの後を、気配をほぼ完璧に絶って、尾行したって訳かい?」

 とはリュグマンさん。

 うげっ!マジっすか!?わかんなかった・・・。

 父さんに知られでもしたら、大事だったぞ、これは。

「の、つもりだったんですけどねぇ。なんとか急所は外したけど、いいの腹にもらってたから、完璧とは行かず、ほぼギリギリの線で。そんな半端なのだから、リュグマンの大将に見つかって。」

 とは言いつつも、やはり嬉しそうな彼だ。

「いや、流石は元


バル・ヴァドゥス


 の・・・。」

 ゾクッ、凄まじい殺気がリュグマンさんから一気に放たれる。

「イヌ、言葉に気をつけなさい・・・。」

 ミラだ。あの、街外れの広い廃虚で見た、あのミラだ。

 バル・ヴァドゥス?どこかで・・・。

 ミラはそれを知っている。彼もそれを知っている。

 僕は、僕は。

「んじゃ、師匠。またどこかで会うでしょう。」

 潮時、とでも言うようにグレイプ君が席を立つ。

 僕ら三人は示し合わせたように無言のままだった。

 つまり、こういう事か。

 僕が迷ったと思ったのは、彼、グレイプ君の「工夫」に入り込んでしまったから。

 あっさり僕が勝ったのは、彼が軽く脅かすだけのつもりだったから。

 リュグマンさんに出会わなければ、僕は尾行されていた事にすら、気づかなかった。

 僕は、彼の「目」すら見抜けなかったというわけだ。

「あ、そうだ、俺達が出会った記念に、今日のここの食事代、俺が全部払いますよ。俺は用事あるんでここで。どうぞ、ごゆっくり。」

 それだけ言い残すと、彼はマスターさんの所に行き、少し話をして、僕らのテーブルを指さして、僕に軽く片手を挙げて挨拶した後、夜に消えた。

 この状況で、どうやってこれ以上物が食べられると思うのか。彼もやはり変だ。



「ヘイッ!キャシー!!えくすとらパフェ10ガロン!だいしきゅー!!」

「マスター!あの、ほら、前に入った、王室特別茶園の最特級紅茶<セラフィムのロンド>、ポットでお願いします!!」



 おいおい・・・。やっぱり。

 むっ、こうなりゃ僕もなんかスンゴイの頼んでやるっ!

「じゃあ、この車輪ステーキっ!!」

 僕がこう叫んだ途端、店内が一気に静まり返る。

「おい、アレっていつが最後だった?」

「確か、オレの記憶だと、三年前の春だな。」

 そんな会話がぼそぼそと交わされたあと、一気に店内から拍手が沸き起こった。

「いいぞーっ!ルーキー!若い時ゃそんくらい無謀じゃねーとなっ!!」

 む、無謀すか?

「本気かい?アスキ。たいしたものじゃないか。」

 なにやらにやにやしながら、リュグマンさんが僕の肩を叩く。

「アスキに先を越されるとワ。今日はお菓子デイだから譲
ってやるんサ。」

 ミラが本当に悔しそうに、僕を見つめる。

 なぁんか、嫌な予感だ。

 厨房の方が、一気に盛り上がる声を聞く。

 キャシーさんが、カーゴに山積みに入れた恐ろしい数のフルーツやら、チョコやらお菓子やらを持ってきて、腕まくりをしながら、リュグマンさんでも腕が回らないかも知れない程、大きなボゥルを磨き出す。

 凄く嬉しそうだ・・・。

 マスターさんも、マイセンの超一級品だろうポットに、恭しく取り出した純金製の缶から、純銀製のティースプーンで薬の調合するかのように、丁寧に茶葉を入れる。

 もう、半分泣きそうな顔だ・・・。

「明日から3日、肉料理なくなるが、本当にそんでも良いかぁーっっ!!?」

 厨房からそんな、恐ろしー声が、店内に響き渡る。



「おおぉぉぉっっ!!」



 歓声、と言うか怒号だなこれは。

 ニューヨークにでも、行くんだろうか、この人たちは。

「車輪ステーキとは、昔の幌馬車の車輪に因み、牛肉を厚さ30センチで輪切りにした、当<バレット>の伝説的メニュゥで、ございます†。」

 こういう時だけ、フツーにしゃべれるんな、ミラさんは。

 因まなくていいよ。



 さて、この後どんな事になったかは、多分それで当たりだと思う。

 僕は、彼、グレイプ君に言わなければならなかった事があった。

 僕のあれは、あの程度では、子供騙しにもなっていないと言う事を。



 人生は奇怪だ。

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