83

ガンズ・パピー1-2-3

「ガンス・パピー」



第一話、「Open Fire」



第二章、「矢車草」(3)



 血の匂い。

 それは、錆と潮騒が交じった匂いだ。

 体中にその匂いをまとった男の人が、今、目の前に、正確には足元にうつ伏せに倒れている。

 血に交じって、硝煙の鼻を刺す甘い香りもする。

 銃撃された、いや、銃撃戦だな。その人も、倒れて尚銃を握り締めている。

 ベレッタM92F、ピエトロ・ベレッタ社のオーソドックスな自動拳銃で、その汎用性の高さから愛用する政府関係者や、軍人も多い。でも、ここの{保安官}さんには、似合わないし、絶対持たないだろう。

 正式名称、M92SBファイナルバージョン。

 スライドが上がったままだ、まだ発射してそれほど経ってはいないようだ。とりあえず危ないので、手をなんとかしてこじ開けて、セーフティロックを掛け直し、僕の背中の予備ホルスターに挟んでおこう。

 ガンメタリックの銃身は、ツヤ消しされていないようだ。若干造りが甘い、模造品、かな。

 っと、そうじゃないよ、この人の怪我の具合を調べないと。下手に起こしてはいけないので、首を背中から入れた手で触れる。脈は、ある。

 よし、ならば。背中からの外傷はないようなので、お腹の方を見ないと。両脇から手を回し、血で濡れた胸の前で組むと、片膝を着きゆっくりと抱き起こす。結構な重さだ。血に気が取られていて気づかなかったけど、この人は僕よりも体が大きいようだ。かなり恰幅の良いおじさんのようだ。ポマードの匂いと、首によったしわでそう判断した。

「ちょっ、誰か手伝ってくれても・・・・。」

 力のまるきり抜けた人間は、とても重いものだ。

 マスターさんが、しぶしぶ足を持ち、ようやく返すことが出来た。確かに、血の跡とか掃除をするのは、マスターさんかキャシーさんのお仕事だ、あまりいい気はしないだろうけど。

 人命、だよ。人の命。

 なぜだろう。

 この言葉の足元、この街ではとても、危うい。

 4050の中年男性、少し白髪が交じり始めているのを、ゆるめにオールバックにしてある。太い眉と、尖った鼻の付け根に苦痛のしわが刻まれている。髭はない。

 呼吸は、弱いけどある。だけど意識がない。

 ワイシャツの衿を両手で開く、ボタンが飛ぶがかまってはいられない。ネクタイがなかったのが幸いだ。

 少し呼吸が楽になったようだ。さて、傷口は。赤い地図の上を目で追う。右鎖骨、右上腕部、肩に近い大胸筋、ここは危なかった、もう少しで急所だ。弾は全て中で止まってしまっているようだ。けれど、出血がひどい、早く、

「病院、医者に!!」

 僕は叫び、皆を見渡す。

 誰も何も言わない。なんだ?

 ミラを見る。興味なさそうな顔、あごでキャシーさんを指す。

 キャシーさんに聞けって事か?

 僕は振り返り、もう一度キャシーさんを見る。困ったように眉を潜めると、ほっそりとした指で長いウェーブヘアを掻き上げる。

「あたし、が、その医者なのよ。」

 へ?きょとんとした僕は、ミラをもう一度見る。

 あっ、絶対小バカにしてる。

 口元が緩んでいる。

「そゆことだ。Drラスキー博士クン。」

 これまた、嬉しそうに!!

 このおじさんは、ちゃんと病院に自分で来たってことになるのか。偉いなおじさん。

 その後、ホールの奥の診療所で、Drキャシーの手により、おじさんの命は救われた。

 ん、待てよ。もしかして。

「あの、マスターさんって、まさか・・・。」

 ミラと、マスターさんが見合わせて、にっこりと笑う。

「はい、私は神父です。」

 やっぱり・・・。

 人生は奇「あ、でもですね。それだけではないのですよ。」

 一転真面目に僕の内なる声に横入りしてくる、ええと、神父さんか。


「人間は、それぞれ違いますから。

 ほら、宗旨とかあるじゃないですか。

 牧師もラビも住職も道師も、全ての葬儀、私なら出来ます!」


 大きく一つ、胸をたたく、ええと、マスターさんでいいや。

 そんなところ、威張られても。

 その後、永代供養料の説明や、飾りのレヴェルが13段階ある棺のパンフレットを見せられた。

 地獄の沙汰も、マネーなのかな。

 天国にはコネがない。

 これも現実。ここの現実。

 ミラは、今日の中で一番楽しそうに、熱心な営業を受けて困る僕を笑っていた。

 あのおじさん大丈夫かな。

 しかし、僕は後日このおじさんで、とても困ることになる。



 人生は奇怪だ。



 僕の他に、フツーの人格の人はいないのかな。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]