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ガンズ・パピー1-2-2

「ガンズ・パピー」



第一話、「Open Fire」



第二章、「矢車草」(2)



 風に流されるように、各地を転々と旅をする事を、渡り鳥とか旅がらすだとか、鳥に例えて大昔の人達は言っていた。

 多分、この街の、僕と同じように決闘代理人をしている人達の中には、この古い言葉に当てはまるような生活をしている人も多いと思う。

 僕が、そんな人達の溜まり場になっている、酒場兼食堂兼宿屋兼色々の「バレット」に引きずり込まれたのは、二日後にこの街での初めての代理決闘を控えてのことだった。

 引きずってきたのは、言うまでもなくミラだ。

 おやつを買いに行く前の下準備らしい。本人がそう言っていた。意味がわからない。

 僕は、のされたまま首ねっこを掴まれて引きずられて来たので、自分の足が土煙りを上げる様と、憐れそうに僕を見つめている通行人の半笑いの表情しか見ていなかった。そこまでしなくても、もう逃げる気は無いのに。

 僕は学習能力には自信がある。

 おかげで、僕はすっかり砂まみれだ。この辺が乾いた気候なのがまだ良かった。泥まみれだったら、入店お断りされても文句は言えない。だけど、それも、単なる「この街の外」の話だったことを、思い知ることになった。そして、現実も。

 「バレット」そのままの店名だ。もう少し捻ってもバチは当たらないだろうに。因みに、「弾丸」という意味。ね、まんまだろう?

 店の中は、ウェスタン風ファミレス、もしくは、ひなびたステーキハウスといった感じだ。長めの木のカウンター席は西部劇のそれだ。内装の基本が木目調なので落ち着いた雰囲気がある。馬車の車輪とか、蹄鉄。多分美術品のショットガンがX形に、壁に掛かっている。案外広い、まあ、色んなものも兼ねているのだから、それは必要なんだろう。

 入ってすぐのカウンターから、四段位のステップを降りると、一段低いフロアにテーブル席が並び、隅には年代もののグランドピアノと簡素なステージがある。夜なんかはここでショーが行われたりするんだろう。今はまだ日が高いので、それほど店内に人はいないようだ。

「いらっしゃい。」

 適当なテーブルに二人で着くと、すぐにメニューを持ったお姉さんがやってきた。

 ヒスパニック系のカカオ色の肌、踊るように流れる黒い髪、顔の彫りは陰影に富み、挑戦的な黒い瞳と少し厚めの形の良い唇が少年のような表情を作る。

「あれ?ミラじゃない。最近、顔見なかったけど、元気だった?」

 話をしつつも、ちゃんと水を並べている。プロだ。

「マーネ。死なないてーどにはネ。」

 置かれたグラスの水を一気に飲み干すミラ。って、僕の前のも掠め取ると同じく飲み干す。おいおい。

 と、間髪入れずお姉さんが水を継ぐ。速い。プロだ。

 こうしてみると、仲の良い姉妹みたいな空気が二人の間にはあるようだ。ミラはもちろん妹だ。

「で、君は?」

 僕に話が振られているようだ。黒い瞳で見つめられると、少しばかり緊張する。

「あ、アスキです。最近ここに来たばかりで、今はミラとチームを。」

「・・・ぷっっ!!マジでえぇ!?」

 そこまで言って笑われた。

 解るような気はする。

「ナンモ、おかしー事はないよ。ラスキーはワタシらとチームで、しゃーわせ者だね。」

 ちょっとムスッとして、ミラが更に水を飲み干す。

「ごめんねぇ。でもさ、ミラ達と組むって、あの赤いお兄さんとも一緒のわけでしょう!?」

 笑いを堪えているのがまるわかりだ。赤いお兄さんとは、リュグマンさんで間違いないだろう。

「はあ、まあ、それは。」

 僕にはどうしようもない。あえて言うなら、それは運命のようなものだったんだろう。運命の神様は、女神でも良いけど、不格好な喜劇がお好みのようだ。

「おいっ、キャシー、お客さんに失礼だろう。」

 もうこの時点では、堪えることなく思いきり笑い転げていたお姉さんを見かねて、カウンターの中からバーテンダー風の、白髪のおじさんが口を挟みにやってきた。キャシーというのか、このお姉さんは。

「だって、マスター。ミラ達にルーキーさんが加わったんですって!」

 笑いすぎて出た涙を指で拭いながら、キャシーさんがマスターと呼ばれたおじさんの所へ行く。

「なんてこった・・・。」

 マスターさんの顔色が見る間に青くなり、僕に向かって祈り始めた。おいおい。僕は呪われてるのか?まあ、それに近い状況ではあるけれど。

 ふと気づくと、呪いの元凶が僕のことをじっと見ている。その猫科の獣を思わせる大きな瞳は、最初に見た時より青色の濃さを増しているように見える。僕の背中越し。

「何か、だな。」

 僕もそれに気づく。ミラがうなづく。

 バレットの両開きのドアが、壊れるほどの勢いで開け放たれる。

 と同時に倒れこむ血塗れの男、笑っていた声も店内にはもう無い。が、誰一人驚く人も、悲鳴をあげる人もいない。

 ここでは、日常だからだ。



 人生は奇怪だ。


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