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世界樹の短文「今日のレイヴナズ3」

鋭い咆哮が狭い通路に響き渡った。
配下のスノーウルフを殺された怒りなのか、獲物であるニンゲンを目の前にした血の滾りなのか定かではなかったが、狼達の王はその慟哭にも似た叫びとは裏腹に、静かに巨体を傾けながら音も無く間合いを詰めてくる。
「出たな、フロストなんとかっ!」
フェレスがハンドアックスとレザーシールドをすかさず構える。
「スノードリフトって話だけれどね」
ヒーセ男爵がフロントガードの態勢を取る。レザーシールドでスノードリフトの子供の背丈ほどもある牙を防ぐには、パラディンの技術でなければムリだろう。
「冷たい繋がりでまあいいや、後で施政院で聞けばいいし」
俺は足元の木々を把握しつつ、皆を誘導する。動く先の状態を知っていれば敵に較べて相対的に早く行動ができる。
「それじゃ、毒撃ってから火で苛むのが有効そうですね」
カスカ師匠が早速毒の術式を唱え始める。

『虚飾の器に湛えられし忌むべき水よ
 汝に新たなる器を与えん』

「のんきな事言ってる場合じゃなさそうよ。
 デッカイのの後ろ、例のスノーウルフごちゃごちゃいるし!」
レジーナが万が一に備えて、鞄の中の薬を確かめながら叫ぶ。
なるほど、スノードリフトの巨体に隠れて背後にいたスノーウルフが4体、うろうろしている。まだ俺たちには気付いていない。
下手にここで止まって闘うと、匂いを嗅ぎ付けてすぐに邪魔に入られるな。
「…袋小路に!」
警戒しつつ俺たちはスノードリフトを袋小路の片側におびき寄せる。
背後には高い樹木の壁が聳え立つ。
「背水…とは行かないけど、気分はまさに」
フェレスが楽しそうにハンドアックスの柄を何度も握り締める。
「今稼いだターン分、できる限り最大戦力で攻撃。
 あとは野となれ草葉の影!!」
俺が放ったエイミングフットで戦闘は開始された。
「バカ!あの狼の最大の武器ってどう見たってあの牙でしょう?頭バインドしないと!!」
レジーナが、早速フロントガードでその牙を受け止めたヒーセ男爵にキュアをかけながら、睨みつけてくる。
「そんな技持ってない!」×3が打撃組から放たれると、レジーナは嫌そうに眉を顰める。
「開き直ればいいってもんじゃ…」
それには関せずだったカスカ師匠の
「毒、滲みましたよー」の声。
街中で聞けば大層物騒な言葉だが、この状況ではとりあえずの福音だ。
「パワーッ!!…」
フェレスがこの時とばかりに、ハンドアックスを高々と振り上げたまま猛然とスノードリフトに突進する。
「クラーッシュ!!」
豪快な踏み込みと共に、体ごと振り下ろされた斧の刃がスノードリフトの真白な巨体に吸い込まれた。
くぐもった唸り声が効いている証拠だろうか。
「退いてください。術式開始…」
前転してフェレスが避けた直後に、カスカ師匠の火炎術式が斧の一撃で鮮やかに開いた真っ赤な傷口を焼いた。
スノードリフトの鋭い咆哮。
明らかに最初のものとは違う、苦しげな咆哮。
だが、その傷の匂いは確実に他のスノーウルフたちを呼び寄せている。
「いけると思ったんだけど、間に合うか!?」
俺は渾身の力を籠めて矢を放つ。
確実に体力は奪っているのだが、流石は狼達の王である固体だ。攻撃力生命力ともに高い。
「なんだか本当に草葉の影になりそうだ…」
TPも底を尽きかけている。アムリタは持っているが使っている間にダメージ与えて、スノーウルフが追いつく前にとも考える。
たった一度の行動選択が生死を分ける。
その一瞬が俺達の前に突きつけられた。
「アイテムで回復して、乱入スノーウルフ戦に備えるか」
「もう少しだと信じて全力攻撃続けるか」
金鹿の酒場のお姉さんが言ってたっけ、生きて還るのが大事だって。
俺はバックパックからアムリタの入った袋をレジーナに…。
「ブースト開放!!」
フェレスがブーストを開放して、スノードリフトに突進する。
今度はスノードリフトも待ち構える態勢が出来ている。
「ヤバイって!おい!」
俺は一瞬だけフェレスより先に飛び出すと、スノードリフトの注意を逸らした。
その分の隙が、奴の牙を鈍らせた―のだが、生来の牙の長さがその隙すら補ってしまっていた。
冷厳で巨大な牙が、腕を振り上げているフェレスの喉元に迫り来る。
「ガードォッ!!」
横合いから投げつけるように差し出されたレザーシールドに巨大な牙が引っかかり、その衝撃とヒーセ男爵の体重分、スノードリフトの体勢は崩れ、長大な牙に引っ張られるように顔が逸れる。
それは今まで武器でもあった牙で守られた頚部が剥き出しになることを意味していた。

「―獲ったーっっ!!」

フェレスの声以外は何も音はしなかったように感じた。
おそらく骨にも当らず断ち切ったのだろう。
スノードリフトの白い巨体には、暖かい緋色の雨が降り注ぎ、王はその名に相応しい華々しい最期を迎えたように俺は思った。
そんな今日のレイヴナズ。

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